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雇用契約書は、使用者と労働者の間のルールを明らかにするだけでなく、労働者の賃金や労働時間など、労働者の採用から退職まで当事者で合意されたその権利や義務を明らかにする重要な書類となります。
雇用契約書そのものが労働者に交付されていなかったり、合意されていない事項が記載されているなど雇用契約書の記載内容に不備があると、後日、労使間での紛争やトラブルが発生した場合に、労使双方において自らの権利や義務を十分に説明することが難しくなります。
雇用期間中に起こる事態やリスクを想定し、労使間の合意に基づいた雇用契約書を準備しておくことは、後日の紛争・トラブルを防止するうえで必要不可欠です。
本稿では、雇用契約に基づく紛争・トラブル予防として活用してもらうべく、重要な労働条件は具体的な記載例を示しつつ、実務上も紛争になりやすい有期雇用契約書にフォーカスしてご紹介致します。
雇用契約書は、期間の定めのない雇用契約とするか有期雇用契約とするかで契約内容が大きく異なってきます。
期間の定めのない社員(正社員)や有期雇用契約社員(契約社員、パートタイマー、嘱託職員など)などそれぞれの雇用形態に分けて雇用契約書を作成、整備することが必要です。
雇用契約書の雛形は、インターネット上にもアップされていますが、会社の事業内容に適応した雇用契約書を準備しておくことが必要です。
会社の特徴にあった独自の雇用契約書を準備するのであれば、弁護士など専門家の意見を取り入れて作成するのが後日の紛争・トラブル回避のために検討しておきたい準備・対応といえます。
雇用契約書の主な構成は、以下の4つに分けることが出来ます。
1.雇用契約に関する事項
2.労働時間や賃金など労働条件に関する事項
3.労働条件に関わらず共通する事項
4.その他就業規則の抜粋
雇用契約に関する事項とは、労働時間や賃金を除いた事項のことをいいます。
具体的には、雇用期間・定年・就業場所・業務内容、休職、退職・解雇に関する事項などのことですが、これらの事項を雇用契約書に漏れなく記載しておく必要があります。
就業時間や休日、所定労働時間の有無、給与体系や昇給・降給、賞与の有無などとりわけ重要な労働条件に関する事項を記載することになります。これらは、労使両当事者にとって関心の高い事項であり、使用者においては、数字の記載は正確に行い、労働条件の変更可能性などについて労働者の合意が得られるよう、丁寧に説明する必要があります。
労働条件に関わらず共通する事項とは、労働者の義務やトラブル対応時に関する事項のことをいいます。
具体的には、誠実勤務・職務専念義務や安全衛生義務、契約外の事項、合意管轄の記載などが当たります。契約外の事項や合意管轄については、紛争・予防のリスクマネジメントのために記載しておくことが大切です。
雇用契約を締結する段階で、使用者から労働者に知らせておきたい内容を就業規則から抜粋して記載、説明することがあります。
「雇用契約書」「正社員用雇用契約書」「有期雇用契約書」などと記載します。
「有期労働契約書」のように「雇用」という表記にこだわらず「労働」と表記しても構いません。
前文とは、前置きのことですが、労使間で雇用契約を締結した事実を記載し、前文中に、使用者と労働者両名の名称・名前を記載します。
また、通常の契約書と同じように、当事者の名前を何度も記載しなくて済むように、使用者側を「甲」、労働者側を「乙」と記載します。たとえば、「株式会社〇〇(以下「甲」という)と△△(以下「乙」という)とは、甲が乙を雇用するにあたり、次の通り雇用契約を締結する。本契約書に記載のない事項については就業規則の定めるところによる。」などと記載します。
なお、この前文のように、就業規則を整備しておくと、詳細な事項については就業規則を準用することができるので、就業規則の作成義務がない事業場(常時10人未満の労働者を使用する事業場)においても、予め就業規則を整備しておくことが望ましいといえるでしょう。
本稿では、紛争・トラブルになりやすい有期雇用契約に関する雇用契約書の作成方法を紹介していますので、以下、有期雇用契約を前提とした必要事項の記載を解説致します。
有期雇用契約の場合には、令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日までと契約期間の始期と終期を明記します。契約期間が満了すれば雇用契約が当然に終了することと契約期間を更新する場合の事由を明記しておかなければなりません。
多くの企業で用いられがちですが、「契約を更新する場合がある」や「契約は自動更新とする」など契約の更新を労働者に期待させる曖昧な表現で記載することはできれば控えた方がよいでしょう。
仮に、契約の更新条件を設ける場合でも、社員から申し出ることが必要であることや、使用者の提示した条件をすべて達成するなど厳しい条件を設定しておくことが大切です。
また、無期転換ルール(同一の使用者との間で、有期雇用契約が更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申込みによって無期雇用契約に転換されるルールのことをいいます)により、有期雇用の労働者が無期転換申込権を行使する場合に備えて、契約更新の限度回数や契約期間の上限を記載しておくことが必要です。
有期雇用契約において、「定年は65歳」などと記載されることがありますが、定年制度は無期雇用契約を前提とした記載事項です。
そのため、定年に関する記載をすると、定年までの契約の更新を期待させてしまうおそれがあります。有期雇用契約では定年を記載しないようにしましょう。
就業場所と業務内容については、採用時の就業場所と業務内容を記載します。業務内容については、採用当初よりも業務内容が広がる可能性があるので、たとえば「甲が指示するあらゆる業務」という一文などを加え、労働者にも予め業務内容が広がる可能性があることを伝え、合意を取り付けておくと良いでしょう。
雇用形態に関わる事項については、たとえば、以下のように記載します。
第〇条 甲は乙を以下記載の労働条件で雇用する。
2 雇用期間:令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日までとする。
3 雇用契約期間が満了した時は、雇用契約は当然に終了する。
4 前項の規定にかかわらず、乙が申し出て、以下の判断基準のすべてに合致する場合に契約を更新する場合がある。
⑴ 契約期間満了時における業務の有無又は業務量により判断する。
⑵ 乙の業務遂行能力、勤務成績、健康状態、人事評価、解雇の規定に定める事由により判断する。
⑶ 甲の経営内容、経営状況により判断する。
⑷ 前各号のほか、甲が更新すると認めるに至ったときには、更新する場合がある。
5 就業場所:〇〇
6 業務内容:〇〇及び甲が指示するあらゆる業務
労働時間は採用時に労働者に明示しなければならず(労基法15条1項)、雇用契約書には、就業時間や休日、休暇、休憩などの事項を記載することが必要となります。
とりわけ所定時間外労働の有無(要するに残業の有無)は、労働者にとって賃金に次いで最も関心のある事項であるため、慎重に設定し、労働者に対して丁寧に説明・案内することが大切です。
会社所定の出勤日と休日、休暇を記載します。休日について、週休2日制を採用し、祝日もカレンダー通りであれば、たとえば「土・日・国民の祝日」などと記載します。休暇については、年次有給休暇やその他の法定の休暇について記載します。
年次有給休暇は、雇い入れの日から起算して6ヶ月継続勤務し、全所定労働日の8割以上を出勤した場合に、10労働日の休暇が与えられることになっているため、雇用契約書にも記載しておく必要があります。その他にも産前産後休暇や育児休暇、介護休暇など法定の休暇について記載することが必要です。
もっとも、すべての休暇を雇用契約書に明記することは紙幅上、現実的ではありません。ですので、これらの休暇については「法定通りに与える」などと記載し、細かな点については、就業規則に記載し、労働者から質問等があった場合には、就業規則を用いて説明すると良いでしょう。
このような説明によっても、書面による明示義務は果たしたことになるからです。
就業時間については、始業時間、終業時間、所定労働時間を記載し、会社の都合で労働時間の変更が必要な場合に柔軟に対応できるよう、たとえば「始業及び終業時刻は、業務の都合により、事前に予告して当該勤務日の所定労働時間の範囲内で、職場の全部並びに一部又は各人において変更することがあります」などと記載すると良いでしょう。
休憩時間については、労働基準法第34条より労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は少なくとも45分、8時間を超える場合は少なくとも1時間の休憩を与えなければならないため「法定通りに与える」などと記載することも可能ですが、休憩時間に関する労使間の認識のズレをなくすよう「休憩時間は1時間とします。」などと明記し、口頭でも具体的な休憩時間を説明しておくと良いでしょう。
また、過重労働とならないよう休憩時間の長さで調整する場合には、たとえば「業務量が増大し乙への肉体的・精神的負担が強くなると判断した場合は、休憩時間をさらに取らせる場合があります」などと記載しておくと良いでしょう。
なお、休憩時間を2時間与えても、16時間(法定労働時間の2倍)の長時間労働などはさせられないので注意しましょう。
また、所定外労働時間については、36協定を結んだ範囲内で時間外労働をさせる場合があることを明記しておく必要があります。所定労働時間が法定労働時間よりも短い場合には、所定労働時間外での残業の可能性があることも明記しておきましょう。
たとえば「甲は、業務の都合により所定労働時間外、または休日に労働を命じる場合があります。甲と労働者代表との間で時間外労働・休日労働に関する協定届を締結した場合、定められた所定労働時間を超えて時間外労働をさせることがあります」などと記載します。
労働者にとって、給与に関する事項は最も関心があり、かつモチベーションを左右する事項であるため、慎重に設定し、労働者に対して丁寧に説明・案内することが大切です。
基本給には、労働者に支給する具体的な金額を記載します。
また、手当には、就業規則である給与規程に手当名、支給条件などを予め定め、当該労働者に支払われる手当の項目を明らかにして記載する必要があります。
時間外労働については、会社の指揮命令により、又は会社の許可を受けて行われた場合に支払われること、賃金控除については、源泉所得税、住民税などの税金、社会保険料などが控除される旨を、昇給及び降給については、経営状況や個人の勤務成績等により決定されることを明記します。
賞与や退職金の制度がある場合には明記します。退職金制度について、退職金規程などの就業規則に詳細な規定がある場合には、たとえば「退職金制度に基づき支給します」などと記載することもできます。
なお、「昇給の有無」「退職金の有無」「賞与の有無」「相談窓口」は、パートタイム労働者に対して文書の交付などにより明示する必要があるので注意しなければなりません(パートタイム・有期雇用労働法第6条1項、施行規則第2条1項)。
退職に関する事項(解雇の事由を含む)は、労働者の採用時に労働条件として明示されなければなりません(労働基準法第15条1項)。退職に関する事項を雇用契約書で網羅することは現実的ではないので、退職事由や解雇事由などは就業規則で規定しておき、雇用契約書には「就業規則の定めるところによる」などと記載すると良いでしょう。
もっとも、解雇事由を含む退職に関する事項は、採用時の明示事項であるため、採用時に就業規則を示して、丁寧に説明することが大切です。
また、退職に関する事項については、自己都合退職を行う場合に守るべきことや退職届の手続きなど労働者に守って欲しいこと等も記載しておくと良いでしょう。
雇用契約書で当該労使間の労働条件など規律するべき内容を全て明記することは難しいため、雇用契約書で規定していない事項への対処として、雇用契約書の別条に「本契約に定めのない事項については、甲の就業規則の定めるところによる」などと記載します。
就業規則で雇用契約書の内容を補強する趣旨として設置する規定です。
労使間で紛争が起こった場合は、労使間の話合いで解決するのが望ましいですが、紛争が発展し、労働審判や裁判となった場合に備えて管轄裁判所についての定めである合意管轄についても記載しておくとよいでしょう。
一例として、有期雇用契約書のサンプルを添付致しますのでご参照下さい。
なお、本契約書サンプルは予め就業規則が整備されていることを前提に作成していますのでご留意下さい。
本稿では、雇用契約書の重要性とともに作成方法のポイントについて解説しましたが、一般的には、雇用契約において利用されるのは、労働条件通知書の方です。労働条件通知書を利用する場合には、あくまで使用者から労働者に向けられた通知に過ぎないため、後日紛争やトラブルが発生した際に、労働者から同意していないなどと主張され、使用者が劣勢に立たされる可能性があることも想定して使用しなければなりません。
他方、雇用契約書は、労働者だけでなく、使用者の権利や義務も明確化できる効果を持ち、労働者保護のためだけでなく、使用者の利益を守る効果も期待できます。労働者を雇用する際には、できれば労働条件通知書ではなく、雇用契約書を取り交わしておくことをお勧めします。
就業規則の作成義務は、事業所に常態として10人以上の労働者が要る場合と法定されていますが、本稿で述べたように、雇用契約書の作成において、就業規則の規定を援用、準用しておきたい場面が多く登場します。また、実際に雇用契約書に、雇用期間中に発生する事項を想定した全ての事項を網羅することは難しいため、常時10人未満の労働者しかいない事業所においても、予め就業規則により労使間の労働条件などについて十分な規定を整備しておくことが望ましいといえます。
雇用契約書を取り交わしても、労働条件に関わる紛争・トラブルを完全に防げる訳ではありませんが、まずは雇用契約書の内容を労働者に説明、案内し、合意を得た上で、同契約書を取り交わし、想定される紛争・トラブルの発生を予防しておくことが大切です。
また、本稿でも述べたように、就業規則は、雇用契約書の内容の説明の際に、予め作成、整備しておきたい重要なルールブックとなります。
雇用契約書や就業規則の作成、整備は、弁護士や社会保険労務士など人事・労務の専門家のチェックを受け、助言を受けながら進めていくことが大切ですので、雇用契約書や就業規則の作成、整備などについて少しでも気になることがあれば、まずは専門家に相談してみるとよいでしょう。
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