採用・雇用契約

第1 募集・採用選考段階からの注意点

公正な募集・採用選考

企業は基本的に自由に採用活動することはできますが、応募者の人権との関係で一定の制約を受け、公正な募集・採用選考を行うことが求められます。たとえば、本人の本籍や出生地、家族の職業や収入など本人の努力では如何ともしがたい事項によって差別するものであってはならず、また、本来個人の自由であるべき宗教や思想、信条等を詮索してはなりません。このような事項を面接で尋ねることは許されないのです。企業は、応募者の適正や能力が求人しようとする職種の職務を遂行できるかどうかだけを基準として公正かつ公平に行われる必要があります。

募集・採用における性差別禁止等

男女雇用機会均等法第5条は「 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定め、性別を理由として労働者を差別的に取り扱うことを禁止しています。たとえば、募集・採用の対象から男女のいずれかを排除するような「男性歓迎」「女性向きの職種」などと表示しての募集、女性についてのみ「未婚」「子どもなし」等と条件をつけての募集、採用予定人数を男女別に設定しての募集などは、いずれもこれに違反するものと考えられます。

就活セクハラ

昨今では、採用担当者が就職活動を行う就活生に対して、企業訪問時に 個人的に食事に誘って体を触ったり、 性的言動を発するなどの問題が大きく報道されています。

就活生は企業担当者に対して「No」と声を上げて断りづらく、ある意味では雇用関係にある者以上に弱い立場にあります。雇用関係にないとしても、就活生に対するセクハラは立場の優位性を利用した性的嫌がらせという人権侵害にあたると考えられますので、これにより具体的損害が発生した場合には このような言動を行った本人が強制わいせつ罪等の刑事責任や不法行為責任(民法709条)を問われるほか、企業も使用者責任(民法715条)を問われる可能性があります。さらに、このような悪質行為をする企業という評判が広がり、優秀な人材が集まらなくなるという事実上の重大な影響も出てきます。

2020年6月1日より、パワハラ防止法のスタートと合わせて、男女雇用均等法のセクハラ防止対策の強化についても改正されることとなりました。厚生労働省は、セクハラ防止措置の一環として、企業は、 就職活動中の学生等の求職者やインターンシップを行う者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うことなどが望ましいとしています (令和2年厚生労働省告示第6号参照)。具体的には、OB・OG訪問等の際も含めてセクシュアルハラスメント等は行ってはならないものであり厳正な対応を行う旨などを研修等の実施により社員に対して周知徹底すること、OB・OG訪問等を含めて学生と接する際のルールをあらかじめ定めること等の方法が考えられます(都道府県労働局雇用環境均等部リーフレット参照)。

第2 採用・雇用契約締結時の注意点

労働条件の明示

労働条件の明示義務

使用者が労働者を雇い入れるときは、賃金・労働時間その他の労働条件について書面の交付等により明示しなければなりません(労働基準法15条、同施行規則5条)。労働条件を明示した書面を労働条件通知書といいます。

必ず明示すべき労働条件(※)は以下のとおりです。
  • 労働契約の期間に関する事項
  • 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  • 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
  • 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  • 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
  • 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
  • なお、パートタイム労働者については、上記の明示すべき労働条件に加え、下記の項目についても、文書の交付等により明示しなければなりません(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第6条及び同施行規則第2条)。
  • 昇給の有無
  • 退職手当の有無
  • 賞与の有無
  • 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項にかかる相談窓口
以下の事項は定めをした場合に明示しなければなりません。
  • 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
  • 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
  • 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
  • 安全及び衛生に関する事項
  • 職業訓練に関する事項
  • 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  • 表彰及び制裁に関する事項
  • 休職に関する事項

厚生労働省の労働条件通知書ひな形の活用

色々と列挙されているため抜け漏れがないようにしなければなりません。法改正もなされることもありますし、雇用類型ごと(有期雇用、パート雇用など)に明示すべき内容が変わることもあります。厚生労働省がウェブサイトで公開している労働条件通知書のひな形を活用するのが最も効率よく確実です。

ただし、法改正がなされることもありますので、必ず直近の法改正を反映しているものかどうか確認し、最新のものを利用するようにしてください。

明示の方法

原則として書面による交付ですが、労働者が希望した場合には、ファクシミリや電子メール等による方法をとることができます。

雇用契約書は必須か?

結論から言うと、必須のものではありません。雇用契約の成立は、使用者と労働者の雇用の合意により成立し、口頭の合意で足りるとされ、必ずしも書面は必要ではありません。労働基準法との関係でも、明示すべき重要労働条件について労働条件通知書を交付していれば問題ありません。

もっとも、雇用契約書は、労働条件通知書とは異なり、使用者と労働者がこの条件で合意して署名押印したという動かぬ証拠になるため、労働者側から「聞いていない」と言われるなどのトラブルを防止する観点からは、雇用契約書を作成するのが望ましいと言えます。

労働条件通知書に記載されるべき重要労働条件を網羅し、さらにそれ以外にも労使間で取り決めておきたい条件や確認しておきたい事項があれば書き入れておくと良いでしょう。

その他取り交わすことが望ましい雇用関係書面

将来のトラブル防止の観点からは、雇用契約締結時には、守秘義務契約、誓約書、身元保証書等も交わすしておくのが企業にとって有益です。

弊所では弁護士が雇用契約書や雇用関連書類の作成やチェック等も承っていますので、お気軽にご相談ください。

第3 採用内定の取消し

採用内定の法的性質

採用内定は、「始期付解雇権留保付」の「労働契約」です。そのため、内定取消しは会社による解雇に該当し、いわゆる解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されます。

採用内定取消しの有効性

採用内定の取消しは、留保されている解雇権の行使であり、これが適法とされるのは、留保解約権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的で社会通念上相当として是認できるものに限られています。

内定取消しが認められる可能性のある具体的場合としては、病気や怪我などによって正常な勤務ができなくなった場合、内定を出した当時には予測できなかった経済環境が悪化した場合、内定時に内定者が申告していた経歴に重大な虚偽があったことが判明した場合、勤務態度・成績不良の場合等です。このような場合すべてが有効ではなく、あくまでも個別具体的事情のもとで上記の基準に照らして慎重に判断されます。

なお、採用内定取消しの場合、解雇予告の適用はありません。

第4 試用期間

試用期間の法的性質

企業は、社員の採用後、能力や適性を見極めて本採用をするかどうかを判断したり、配属先を判断したりするために、多くの企業では試用期間を導入していますが、判例上、試用期間は解約権留保付の労働契約であると考えられています。あくまでも労働契約は成立していますので、社員は労務提供義務を負い、会社は賃金を支払う義務があります。また、留保されている解約権を行使する際には、解雇権濫用法理(労働契約法16条)に服します。

試用期間の運用

試用期間としてどのくらいの長さが適切なのか、また当初想定していた試用期間では本採用に踏み切れないので延長したいという企業からのご相談を良くお受けします。

試用期間中は解雇権が留保されていますので、一般の社員よりも不安定に置かれます。そのため、試用期間が合理的範囲を超えて長期間に亘る場合には公序良俗(民法90条)に反して無効とされます。また、試用期間を延長することも合理的な理由が必要であり、社員の能力や適性を見極めるのに相当かどうかという観点から慎重に判断されます。いずれもケースバイケースであり個別具体的事情に照らしてその適法性が検討されるべきです。

本採用拒否

試用期間後に本採用を拒否する場合には、留保されている解雇権行使が解雇権濫用法理(労働契約法16条)に照らして適法でなければなりません。具体的には、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認される場合にのみ許されます。

個別具体的な事情に従い判断されますが、一般論として、新卒採用者の場合には、専門性は高くないので正社員として期待される基礎的な能力や適性がないことの合理的説明が求められます。一方、中途採用者の場合は、職種が限定され専門性や即戦力が求められる場合が多いことから、当該職種で期待される能力を満たしていないことについての合理的説明が求められます。

トラブルを事前に予防するために

試用期間は解約権の留保を伴う特殊なものですので、契約上の根拠が必要です。契約書や就業規則等において、試用期間の長さや延長の条件、本採用が拒否(解雇)されるのはどのような場合か等について明確に定めておく必要があります。このような定めがあることで、トラブルを事前に予防することにもつながります。

第5 採用・雇用契約締結は
福岡のいかり法律事務所の弁護士にご相談ください。

以上見たとおり、採用・雇用締結段階では悩ましい法的問題が多くあります。就業規則等でしっかりとしたリスクヘッジが必要であり、運用場面でも適切な対応が必要です。法的知識やスキルを必要としますので、専門家に相談をすべきです。福岡のいかり法律事務所では労働法に詳しい弁護士が複数在籍していますので、是非一度ご相談ください。